あのとき、このとき

9年前のこの日でした。これまで経験したことのない大きな揺れに、周囲で悲鳴が上がりました。揺れは一度ならず、二度三度、いいえ、その後も何日か頻繁に起きたと思います。ライフラインの寸断に加え、交通マヒ、原発事故による放射能物質漏れへの不安、情報不足等も相まって、緊張した日々を過ごしました。当時働いていた職場は、本社機能を一時大阪に移そうとしたほどです。あの大災害からよくぞ立ち直って、さぁ復興五輪だという時に、またしても我が国は今、「国難」と言うべき試練に立たされようとしています。皆で力を合わせ、乗り切るほかはありません。